2015.08.12 北京的西瓜
いつかみた映画
【其の百三五】



開花する、ドキュメント的手法。
北京的西瓜 1989年 日本

北京001

 船橋市郊外の青果業・八百春の主人の春三は、李中山という中国留学生と知り合ったことから、彼らの苦しい生活を見兼ねて援助の手を差し伸べました。最初は軽い気持ちでやった春三だったが次第にエスカレートしていきついには自らの生活までをも犠牲にしてしまうのでした。留学生たちは彼を「日本のお父さん」として慕うが、春三が忙しくなればなるほど女房の美智の負担は重くなり、挙句の果て店や家庭の危機にまで発展…。(後は映画を観て下さい)



北京02

「このままでは店が潰れてしまう!」
 留学生たちは店を手伝うようになり、春三や美智は感涙にむせんだ。そして数年が過ぎ中国に帰った李中山から国際電話が入り彼らの招待で春三と美智は中国へ向かった…。しかし実話とは違い1989年に製作されたこの映画では「中国へ行くことはできなかった」のです。


たわごと03
撮影中に「天安門事件」発生。
 ワタシのプログタイトルのモチーフとなった、大林監督の問題作「北京的西瓜」は、まさに大林監督だから作り上げる事が出来た日本史の刻まれる不思議な名作です。この映画、本当は北京でクライマックスを撮影する予定…。なんとそのタイミングで天安門事件が起きる…。もちろんロケは出来なくなり、軍が完全にガードしてロケするって言ったらしいのですが、大林監督は「それはこの映画の精神に反する」と反論。そしてなんとも大林監督らしい、不思議な方法で、見事に完成させました。中国へと向かう飛行機(もちろんセット)の中が、真っ白になっちゃって、飛行機の爆音が流れます。そして、そのまま37秒間空白。白い映像のままで、突然ベンガルさんが「もうお気づきだと思いますが、ここは中国ではありません。私たちは実際、中国に来ることが出来ませんでした…。」北京では撮影できなかったという件を観客に向かって語り出します…。(後は、やっぱり映画を観て下さい)大林監督は、1989年6月に天安門事件が起こったという痛みを絶対に忘れないようにしようとこの作品に刻み込んだのでしょう。そして、この手法と志は、後の大林映画へと繋がっていきます。



※カッパの勝手な採点は…、
映画で、世界を平和にする。

七点半



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