映画的旅情
【其の十四】



狂おしき「美」の原点。
利休にたずねよ 2013年 日本


利休01

 1591年(天正19年)天下人・豊臣秀吉によって切腹を命じられた茶人・千利休…。かつては織田信長に茶頭として仕え、その研ぎ澄まされた美意識で名を馳せると信長落命後は秀吉の庇護のもと「天下一の宗匠」として不動の名声を獲得しました。そして、妻・宗恩が見守る中、自らの腹に刃を立てようとしていた利休の脳裏に若かりし時代の記憶が蘇ります。青年時代、放蕩を重ねていた利休は高麗からさらわれてきた女と出会う、後に師匠となる茶人・武野紹の言いつけにより彼女の世話をすることになった利休は次第に女と心を通わせていきます…。(後は映画を観て下さい)



たわごと03

利休03 茶聖と称えられ侘び茶を極めた希代の茶人千利休。その人物像に新たな解釈を示し美に対する尋常ならざる執念とその原点に迫った山本兼一の第140回直木賞受賞作を前作で同じ山本兼一原作「火天の城」を手がけた田中光敏監督が「一命」の市川海老蔵を主演に迎えて映画化されました。
 共演は、中谷美紀、大森南朋、伊勢谷友介。また、2013年2月に惜しくもこの世を去った市川團十郎が利休の師匠役で特別出演しスクリーン上での最初で最後の父子共演が実現しました。


最初で、最後の父子共演…。

利休05


そして、利休を訪ねました…。
 ワタクシ事ですが、先月大阪「堺」に行きました。「なんで堺やなん…」と大阪弁で聞かれると…、堺の観光ガイドボランティアの方の案内で、利休をたずねさせて頂きました。実は、ワタシも恥ずかしながら NPO法人 徳島ツーリズム協会〈←もし良かったら観て下さい〉 のメンバーなので観光ガイドボランティアのモデルとなる堺市で利休と与謝野晶子氏を学ばせて頂きました。


利休002
※撮影カッパ

魚問屋の息子から天下一の茶人へ…
 千利休は、信長、秀吉という2人の天下人に仕え茶道千家流の始祖となった「茶聖」。本名は田中与四郎(超普通です)号は宗易。大阪堺の魚問屋「ととや」に生まれます。当時の堺は貿易で栄える国際都市であり京の都に匹敵する文化の発信地でした。堺は戦国期にあって大名に支配されず商人が自治を行ない周囲を壕で囲って浪人に警備させるといういわば小さな独立国だった。多くの商人は同時に優れた文化人であったそうです。


利休001
※撮影カッパ


追求した美の世界。 
 父は堺で高名な商人であり利休は店の跡取りとして品位や教養を身につける為に16歳で茶の道に入ります。18歳の時に当時の茶の湯の第1人者・武野紹鴎の門を叩き23歳で最初の茶会を開きました。紹鴎の心の師は、紹鴎が生まれた年に亡くなった「侘び茶」の祖・村田珠光。珠光は、あの「一休」の弟子で人間としての成長を茶の湯の目的とし、茶会の儀式的な形よりも茶と向き合う者の精神を重視した。大部屋では心が落ちつかないという理由で座敷を屏風で四畳半に囲ったことが後の茶室へと発展していったとのことです…。


利休04


※肝心の映画は…、
中谷美紀さん…、あなたが戦国の覇者です !

カッパ採点7点




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