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2013.04.13 俺たちの旅
ドラマのツボ
part.10

70年代を代表する青春ドラマ。
俺たちの旅 1975~1976年連続テレビドラマ

俺たち01

 カースケはバスケットボール部のキャプテンでエースでしたが、就職活動はほとんどせずアルバイト中心でその日が楽しければよいというタイプ…、彼に好意を抱く部のマネージャー洋子の心配をよそに気楽な毎日を過ごしていました。一方、親友のオメダは父親不在の生い立ちと彼自身の生真面目な性格からか、堅実なサラリーマンに対して執着を見せるなど、カースケと対照的な存在でした。また、同郷の先輩グズ六は勤めが長続きせず、恋人の紀子や母親の気をもませている小心者…。(後はドラマを観て下さい)

俺たち05


たわごと03
青春のバイブル !
 言わずと知れた青春ドラマの代表作です。「飛び出せ青春」「われら青春」の正統派高校学園青春ドラマを経て、テーマは、もう少し大人に近い大学時代へと移行します。確かワタシが初めて観たのは中学1年生の頃、もちろんまだ子供だったワタシでもかなりの影響を受けました。子供から少年、そして青年から大人への道程…。まさに小椋佳的に「夢の坂道」の様な気がしました。また大人への憧憬と偏見を背中合わせに感じました。

俺たち02

その後の「俺たちの旅」
 実は「俺たちの旅」は、その後、特別番組として3作製作されています。もちろん脚本は我が郷土の鎌田敏夫。出演は、もちろんその後のメンバー達です。

十年目の再会 1985年作品
 ワカメが10年ぶりに東京に出てきた。懐しい井の頭公園は昔そのままだったが、いろは食堂があったあたりは、すっかり様子が変わっていた。ワカメはグズ六に、カースケやオメダのことを尋ねるが、もう何年も会っていないとのこと。そんな折、オメダが蒸発したとの知らせが入った。グズ六はカースケに連絡を取り、共に鳥取に向かう。そこでカースケは洋子と出会うのだった。

二十年目の選択 1995年作品
隠岐で再会してからさらに10年。40代になった彼らは、それぞれの人生を歩んでいた。カースケは仕事で知り合った聡子と結婚し、聡子の実家の会社を再建、社長に就任したものの、自由のない生活にうんざりしていた。グズ六は人材派遣会社を経営しているが、浮気が原因で紀子とは別居中。オメダは鳥取で造り酒屋を営み、市長選への出馬準備で忙しい日々を送っていた。そんな彼らのもとにワカメから手紙が届く。身延で旅館を始めるので最初の客として招待したいというのだ。ひさしぶりに集まることになった彼らだが…。

三十年目の運命 2003年作品
 50男の孤独と憂鬱を感じたグズ六は、市長選で奮戦中のオメダを訪ねる。オメダの妹真弓から、10年前にスペインに旅立ったはずのカースケが徳島にいると聞き、2人は徳島に向かう。そこで2人が見たのは52歳になっても青春を謳歌している昔のままのカースケ。そしてカースケの側には節子という謎の女性が、だがカースケにも息子直也のイジメ、かつての恋人洋子の死という試練が訪れる…。


ちょつと01
徳島出身、鎌田敏夫。
 当時の徳島青年会議所の事業の一つに「徳島テレビ祭」がありました。放送局の枠を越え、日本テレビ界を代表する脚本家やプロデューサー、そしてドラマを飾った役者さん達が一同に揃う、とんでもなく豪華なイベントです。この「テレビ祭」については、改めて語りたいと思いますが…。確か第10回の記念大会で、鎌田先生の講演の中で、故郷への想いが語られました。「若い頃は、故郷に背を向ける事が自分へのはなむけであり、成長でもあった…、しかし流石に年を重ねると故郷が恋しくなる…、いつか故郷に決着をつけたい…」確かそんな内容だったと思います。そして、最後の「俺たちの旅」は、故郷徳島を舞台に製作して頂きました。

背中の夢は、身近に存在しました。


※肝心のドラマは…
8点





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